2012.10.18
M型フィルムライカは優秀なカメラなのか?
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アクセス解析を見ているとライカ関連のワードで検索されている方が多いようですので、今回は遠慮なくカメラトークをしてみたいと思います。
ライカについては偏った意見が多く見られて、冷静に自分にとって適した機材なのかを判断する材料になり得る文献は意外と少ないように思います。肯定派であれば内容がやや宗教じみていたり、否定派は値段の高さ、または肯定派のそういった発言に対する毛嫌いであったり、それはそれで本質的な意見でないものを僕は多く見かけては無視してきました。
ちなみに今回はM型フィルムライカに限ったポストになっています。いわゆるバルナック型はさすがに不便すぎるのでは?という理由で手を出していませんし、M型デジタルはもはやあの形をしている必然性がないという理由で否定派です。現在初期のM6とM4を持っていて、ブラックペイントのM2にも興味が湧いてきて…順調に病気にかかってます。。
そもそもM型ライカの機能というのはかなりミニマムで、それを出来うる限り合理的にパッケージした機材と言えるのではないでしょうか。具体的にはシャッタースピードと絞り、フレーミングやピントの設定ですね。これらを自由に手早く設定できるインターフェイスのおかげで、トイカメラの類に比べると遥かに撮影者の意思がよく写るカメラだと思います。一眼レフでも自由に設定できますが、あのファインダー構造は便利な半面「ピントを合わせなければいけない」という脅迫じみたものも感じて、その意味で撮影者に「写真を撮らせる」設計であるとも思います。デジカメのライブビューも同様ですね。
しかし自由であるということはある種の恐怖も伴うわけで、ライカは撮影者を試す機材であることは間違いありません。正しい露出、正しいピントで撮る意味もこのカメラを手にすると見失ってしまいます。僕も最初はこの点でかなり不安になりました。
モノ的な魅力でライカに手を出すという方向ももちろんよいですが、僕はそれ以上に「写真を撮る」ということを撮影者がどう捉えているかに懸かっていると思います。
間違いなく言えるのは、M型ライカは僕が今まで触れてきたカメラの中でもっとも被写体との距離を開けない、時間を止めない機材だということです。距離を縮めるのは撮影者自身の仕事ですが、それにしても大型ズームレンズを取り付けたニコンと、標準的なレンズをつけたライカではどちらが目立たないかは明白です。街中を撮るときも僕は図々しい動きを極力したくないので、そういう点でも理にかなってます。(おそらくiPhoneの方がそれ以上に自然ですが)
曖昧な結論になってしまいますが、写真に対してあるマイノリティな価値観を持っている人にライカは最適、だと思うのです。顔認識やGPS…デジタルカメラは今もどんどん新しい機能を実装していますが、それに伴って「写真を撮らされている人」も増え続けています。願ったイメージはすぐにGoogle画像検索で見れてしまう現代において、正しく綺麗な写真を撮る意味がどれほど残されているでしょうか??
またシンプルなこのカメラで写真を撮ることで、デッサンを練習するときと近い成果が得られるのではとも感じます。つまりは物体について、質感について、光についての洞察力です。僕はこのカメラを手に入れてから、日頃何気なく見ている景色がいかに複雑な要素の集積で成り立っているかを実感しました。自分の目に見えていないものは写真にも写らない。それは今後どれだけカメラが進化しようとも変わらないのではないでしょうか。