BLOG.MABATAKI.JP

2014.02.14

香港の記憶。

3.11の後、しばらく僕は仕事に対してのモチベーションが消滅していた。連日のように鳴り響いて体に染み付いてしまった緊急地震速報の音に嫌気が差してテレビを消し、何気なく眺めていた格安航空券サイト。しばらく検索して僕はおもむろに香港行きのチケットを押さえた。はじめてのひとり海外旅行。何気なく予約してみせた割りに、チケットを印刷した途端、妙に緊張し始めたのをよく覚えている。

出入国審査は、両替は、物価は、治安は、宿泊は、手荷物のX線検査に写真フィルムを通さないよう英語で交渉するには…全てがひとりでは未体験だったので、前日の夜も、行きの飛行機の中も興奮してほとんど寝れなかった。アジアを代表するグローバル都市の景色や匂いをずっと想像しながら窓の外の空を眺めていた。

香港上空はあいにくの曇天で着陸態勢に入っても視界には雲しか見えない。かすかに何かが見えたと思うとそれは海面か緑茂る島々のみで、どこにも僕が想像した街は見当たらなかった。機体の振動が収まるとやがて飛行機は何事もなく静かに香港国際空港に着陸。相変わらず周囲は視界不良でなにも見えない。

この静けさはぎこちなく入国審査を済ませてから荷物を拾い、都心へ向かうエアポート・エクスプレスに乗ってしばらく経つまで続いた。エレベーターの中のように静まった電車のなかでスーツを着た白人が英語で何やらビジネスの電話をしている。その斜め横でアジア人がやはり英語と広東語を流暢に使い分けて電話をしていた。

最初は海と山しか見えなかった景色が次第に豹変する。左側には信じられないほどの高さの高層マンションがまるでフィクションの世界のように密集し、右側にはスケールを見失うほど大量の40フィートコンテナが山積みされている。電車は相変わらずエレベーターの中のように静かに、しかしものすごいスピードでそれらの間を通過していく。僕は鳥肌が止まらなかった。

尖沙咀の安宿の、小柄だけれど眼力のあるおばさんに交渉してなんとか部屋を押さえて、興奮しきりな僕は荷物を投げるとすぐに街へ出た。慣れない手つきで地下鉄の切符を買い、身振り手振りでなんとか夕飯とビールを調達し、気の赴くままに歩き進み、強烈な夜の香港の灯りに包まれるうちに、僕は生まれて初めて体全体が芯から熱くなる感覚を覚えたーーー。

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有名な観光地へ行き、ガイドブックに載っているお土産を買って帰るような旅行に僕は端から興味はありませんでした。なぜ人は旅行をするのか…?
妙に合理指向のある僕は23歳まで飛行機にすら乗ったことがありませんでしたが、今では旅行が立派な趣味のひとつになってしまいました。そのきっかけとなったのは、やはり24歳の時に思い立ったこの香港での体験でしょう。

最近では旅行中に見たものを毎日写真とコメントでFacebookに載せるという方法で記録していますが、この時は両足にマメができるほど歩き続けていたのでそんな体力的余裕もありませんでした。ですので今日のブログは、いつでもこの初めての体験を思い出せるように書いた私的なタイムカプセルのようなものです。何歳になっても、未知を知ることへの貪欲さを忘れないために、自分への戒めの意味を込めて。