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2011.01.05

「AKB48」と「お台場ガンダム」がグッドデザイン賞に相応しくない理由を考えてみた

AKB48とお台場ガンダムがそれぞれグッドデザイン賞、それも金賞という高いランクで受賞したことについてTwitter上で賛否両論噴出していた時期があった。Togetterというサイトにそのあらすじが掲載されている。

http://togetter.com/li/67059

いわゆる「デザイン」に関わる領域の中でも錚々たるメンツから、やや「デザイン」に疎そうな一般感覚に近い人のつぶやきまで、様々なものが縦1列に載っているものだから、結果的に全然まとまっていない。これを見て考えた気分だけ持ち帰ると危険。

そして後日、議論の発端と思われるナガオカケンメイによるブログ記事。

http://www.d-department.com/jp/nagaoka/blog/2010/11/post-130.html

残念ながら上のまとめ(のようなもの)への回答になる要素はほとんど無いと思う。ここで期待されていたのは単純に”お台場ガンダムとAKB48がグッドデザインでは無い理由”を、クールに解くことではなかったのだろうか。もしくはテーマを広げすぎて空中分解しそうなグッドデザイン賞自体の在り方への具体的な提案とか。

僕の意見としては、お台場ガンダムもAKB48もグッドデザインでは無い。

前者は一度現場まで見学に行ったのだけれども、中央に鎮座する1/1スケールの「主役」とそれを囲む多くのケバブ屋、焼きそば屋などの出店という会場計画は、要するにガンダムを集客装置に据えた”お祭り”でしかなかった。お台場でなくとも都内でケバブは買える。そこには主催のGREEN TOKYOが掲げる美しいコンセプトなんて微塵も存在感を示せていなかったし、ほぼ全ての来場者はひたすら1/1のガンダムを見たいが為に訪れ、それを達成したことのみに満足して帰ったのだろう。そこにグッドデザインを感じさせる文脈は無い。

AKB48は”会いに行けるアイドル”というコンセプトで誕生したらしいけれど、2010年の紅白歌合戦を牛耳るまでにスケールしてしまった現在、もはやその原点はどうでもよいのではないだろうか。一応、名古屋や大阪でも拠点を構えてその趣旨に沿っているようだけれども、もはやAKBを知るほとんどの人々は彼女たちに”会っていない”。

いつも目に触れるものの中で、”テレビ”が最も洗練されているメディアであるかも知れない日本中の多くの地域において、洗練されたAKB48のパフォーマンスは華やかに見えるだろう。けれども、テレビを通して見るだけの彼女たちはつまり「2010年版モーニング娘」―――。多くの人々の認識はそんなところだと思う。成り立ちが新しいのだと主張しても、アウトプットがそれでは金賞受賞には弱い。

つまりAKBもガンダムも、掲げた看板とアウトプット、そこから受け取られた印象が咬み合っておらず、不自然であるという事。グッドデザインとは、そこにもっと鮮やかな一筋の文脈ができているべきではないだろうか?という考え。

今回のテーマはTwitter上では完全に賞味期限切れなトピックなのだけれども、たまたま年末、実家のテレビでAKB48のパフォーマンスを見て思い出した次第。こういう時はちゃんと長文に起こして消化しないとなーって思うわけです。

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その一方で2006年度によくわからない理由で受賞できなかったTENGA。これは人が恥ずかしいと思う部分、行為を「デザインが肯定した」という意味で成り立ちからアウトプットまでとても鮮やか。これに賞があげられないグッドデザイン賞ってどうなの?というのもあるけど、長くなりすぎるのでこのあたりで。