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2010.06.21

愛せる欠点

技術や社会は基本的に”欠点”を克服する方向に力が働いている。

どんなにがんばっても100メートル走るのに数秒はかかってしまう肉体的な欠点を乗り物というツールの開発で克服したり、老化というマイナスポイントを補う美容が高度化したり。食品は更に腐りにくく扱い易いものへ、住まいは断熱も完璧でより快適に―――

わかりやすい欠点が大量にあった頃はそれをある意味分かりやすく乗り越えてきたのだけれども、その結果、今では確実に乗り越えるべき欠点や驚異を探す方がむしろ難しいんじゃないかと思うほど、それらは克服されてしまった。人間ってすごい。

けれども、欠点=マイナスポイントだとは限らない。僕がそう思うようになったきっかけが、安藤忠雄の代表作「住吉の長屋」を本で眺めていたとき。この建築のポイントは、狭小住宅にもかかわらず間取りの真ん中に屋根がかかっていないということだ。もちろん雨が降れば水浸し。欠点=マイナスだとするとこれは不便でしかない。

けれども、この欠点は家の中にいながら開放的な”外”と関わることができるという楽しさも同時に含んでいる。住み手がもしそれを理解して愛することができるのならば、欠点を克服するベクトルしか持ち合わせていない建売住宅に住まうよりも、遥かに大きな幸せを住み手が実感する可能性がある。

この”愛せる欠点”こそが、閉塞感を伴う様々な問題をポジティブに解決する大きな1つのキーワードなんじゃないかって思うんです。モノが必ず人(々)のために作られるのならば、そのモノを使う人(々)にとって、どんな欠点なら愛せるのかを考えること。そしてその考えを毎回的中させられるようなスキルを得ることができれば、それは作り手としてものすごいことなんじゃないかと。

完璧な97%の出来栄えに3%の鮮やかな欠点。そんなイメージ。