BLOG.MABATAKI.JP

2009.11.10

適正価格の空洞化──「ふつう」の背景

http://cabanon.exblog.jp/10436216/

>安価なモノからはモノづくりが切り離される。逆に高額なモノは、デザイナーの名前が強調されたり、こだわりのモノづくりが神話のように語られる。産業の空洞化が価格の二極化を招く。

>次に起こることは、空洞化された適正価格をデザインする動きだろう。本来「適正」や「スタンダード」や「ふつう」という価値基準は自然に生まれるものであって、誰かが提案するものではない。お手頃価格やお値打ち感は、もはや需要と供給のバランスや主婦の金銭感覚から生まれず、誰かが「ふつう」という共同幻想を操作した結果から生まれる。

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いつも読んでるブログから引用。

そう、今は経済活動が高度化しすぎて、単純に価格だけでモノを計ることができない。家賃が月100万円くらいはするようなテナントで100円のコーヒーが売られているという事実を、特に気にかけることもなくそれを腰掛けて飲んでいる毎日。

そういう高度で見えないカラクリに囲まれて生きているとどういうことが起こるのだろうか??最近であればmixiで流行中の”サンシャイン牧場”というゲームが課金ビジネスを始めた際、巻き起こった議論を見た時にそれの一端を感じた。

激しいバッシングの多くからは、なぜそれまでゲームが無料で遊べていたのか?ということに対しての思考が完全に欠落していたのだ。モノを享受できるようになるまでの過程の想像を無意識の内にすっ飛ばしていて、ただそのゲームが無料で遊べる、という目の前に現れた事実からでしか善し悪しを判断できていなかったっていうのがほとんど。

ひどいのになると「お金を取るってこと自体が許せない」という書き込みとかね。これはもうゲームを開発した人に死ねって言ってることと同義だと思うんだけど。

適正じゃない価格はこれからも人をおかしくさせ続ける。間違いない。